狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

恋愛を科学して見える利己的な男女にうんざりしてみる

前回日本に帰ってきたとき、ある本の編集者さんとお会いする機会があった。その場で担当されたという本をAmazonに発注したものの、入れ違いで受け取れず、今回の帰省でようやく読むことができた。

それがこの本、「科学でわかる男と女の心と脳」である。副題の「男はなぜ若い子が好きか? 女はなぜ金持ちが好きか?」というのは多くの人が実感する命題であろう。

正直、俺のような無粋者のオタクにはモテ非モテの議論はついていけず、少子化孤独死の問題についていまひとつ踏みこめない部分があった。だがこうしてデータで示されるとある程度考察が可能になる。

この本のよいところはきちんとデータが示されてるだけでなく、漫画家の東雲水生による少女漫画と萌え系の特色をあわせ持ったような親しみやすいイラストが豊富なところだ。

初恋姉妹 (1) (IDコミックス 百合姫コミックス)

初恋姉妹 (1) (IDコミックス 百合姫コミックス)

見開き2ページに一つのテーマを書き、必らずこのかわいらしいイラストやグラフが書かれている。これが本来難解な科学とデータによる論理的な説明をわかりやすくしてる。

そして説明される内容の興味深いこと。目次を引用しておこう。

  • 第1章 恋のはじまり~男が望むもの・女が望むもの~
    1. 男と女の違いは平均の違い
    2. オスとメスの定義
    3. なぜ男は浮気っぽく女は男をえり好みするのか?
    4. 若い女にひかれる男たち
    5. 男がグラマーな女にひかれる理由
    6. 男はなぜ結婚するのか?
    7. 献身を要求する一夜の女は嫌われる
    8. 女は結婚してあたり前?
    9. 女は男ほど異性の肉体的な魅力に弱くない
    10. 経済力のある男にひかれる女たち
    11. 結婚相手に求めるもの「なくてはダメ」と「あったらいいな」
  • 第2章 恋のかけひき~パートナーを獲得し、つなぎとめる~
    1. なぜ男は女より地位や収入にこだわり、それを誇示するのか?
    2. なぜ女は男より見た目を飾ろうとするのか?
    3. 男も女も自分自身の市場価値に見合った相手を選ぶ
    4. ヒトはけっこう浮気っぽい?
    5. 女のカジュアル・セックスはけっこう疑問
    6. 女は妊娠しやすいときに男らしい男にひかれる
    7. 男女関係における嫉妬の機能
    8. 男には肉体的裏切りが女には精神的裏切りが耐え難い
    9. パートナーつなぎとめ戦術
    10. 男の肉体的暴力とパートナーつなぎとめ戦術
  • 第3章 恋の悲劇〜性と犯罪〜
    1. ダーウィンの進化論
    2. 犯罪者のほとんどは男
    3. 殺人の被害者の大多数は男に殺される男
    4. 女は夫や彼氏に殺される
    5. 女が夫や彼氏を殺す理由
    6. 相手の意思や合意にもとづかないセックスはレイプ
    7. レイプ犯人のほとんどは顔見知り
    8. 母による殺害
    9. 義理の親による子どもの虐待
  • 第4章 恋と脳〜男女の脳の違い〜
    1. 脳の性差を、男女差別や固定観念に結びつけないで
    2. 男の得意と女の得意
    3. システム化する能力と共感する能力
    4. 脳の性差の進化
    5. 脳のハードウェアの性差をどう解釈するかは難しい
    6. 男は脳が大きいから女より頭がいいのか?
    7. 左右の脳をつなぐ脳梁の性差
  • 第5章 恋とからだ~男女の発達の仕組み~
    1. 3つの性
    2. ほ乳類の性分化の仕組み
    3. ヒトの脳の性差と性分化
    4. 子どもの遊び方は、胎児期の男性ホルモン濃度と関係する
    5. 性分化の仕組みと性同一性障害・同性愛

我々人間がどうして恋愛や結婚をし、パートナーの浮気を嫌がりながら自分はしてしまうのか。その理由を動物行動学の見地からわかりやすく説明してくれている。

ネット界隈では「恋愛市場」などという言葉が数年前から散見されるのだが、この本では「配偶者市場」という言葉が使われている。そう、異論はあろうがデータで見ていくと男女関係も需要と供給、人気不人気の市場があることが否応無く見えて来る。

この本はあくまで「科学」であることを忘れてないところも素晴しい。男はこうだ、女はこうだ、といった俗説は数多あるが、その元ネタの論文の紹介やそれがどうして紋切り型の偏見や決めつけにつながるかということも散らばせてある。よい注意喚起であり、正直な言葉であろう。もちろん巻末の参考文献も豊富である。

そういう正直な言葉は他にもある。フェミニズム運動のおかげで性差の研究ができなかった経緯も認めており、「社会的に物議をかもしそうな研究成果は、論文になりにくい。論文の審査委員がより確固とした証拠を求め、審査が厳しくなる傾向にあるからだ(p190)」と理由まで正直に述べている。

右脳が直感、左脳は論理といった右脳左脳の俗説を「ウサンくさい」と断じてみたり、男脳女脳といったものをデータに基づいて提示した上で、ダーウィンの進化論を持ち出してそれが狩猟生活の中で生存してきたが故の偏りであることも示したりしている。男脳女脳というのは性役割がハッキリしてた時代にその役割に最適な個体が生き延びてきた結果、男女で能力が偏りがちになった、というわけだ。実に正直。さすが科学。

もちろんそういう個体だけが生き延びたわけでもないので、男脳の女性も女脳の男性もいることは著者もはっきり書いている。あくまで統計上の偏りであることは繰り返し説明されている。

男と女で恋愛上のライバルをけなす方法が大きく違うのも正直なデータが出てておもしろかった(p63,p69)。動物行動学的に考えてもいわゆる「女性は陰険」「男の方が嫉妬深い」といった俗説は裏づけられるようだ。

科学の常だが、あまりに正直すぎて受け入れにくい話も多いかもしれない。人は一夫多妻型と思われがちだが実はチンパンジーのような乱婚型の特徴も持ってる。つまりヒトという種がそもそも浮気性であることも正直な事実のようだ。

科学は正直であるが、その分無粋でもある。男がちょっとした口論から殺人を犯すような馬鹿な生き物であることも、データが示してくれる。それが結局は自分の遺伝子を残せるかどうかという競争の結果の行動ということも、動物行動学が教えてくれる。

パートナーをつなぎ止めるために物理的言葉的な暴力を駆使するのもやはり男のようだ(p104〜)。なんという醜い行動か。

そして浮気をするのが男だけではないことも、科学は物語る(p80など)。

男と女というのは悲しいほどに、自分の遺伝子を残すため、よりよい遺伝子を残すために行動するものなのだなというのがつくづくわかる。

そういう競争に疲れた男女が、草食系などといわれてあまり男女交際に積極的にならないのも、わかるような気がする。どこかの同性愛者がこぼすように「ゲイのほうがピュアだ」といったのも、わかるような気がする。そう、アニメや漫画に恋人を求めるのも。

男女関係ほどに利己的にならずにすむ。その分愛情がピュアだといわれてしまうと、反論もしにくくはあるまいか。そしてそのピュアさを時代が求めてるのだとしたら?

ゲイとオタクの時代に、人はどうやって子孫を残していくのだろうか。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>