狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

未来を生きるために「戸締まり」をしていく

すずめの戸締まり:公開10日で興収41.5億円突破 299万人動員 という記事。先週にも興行収入40億円を突破した新海誠監督の最新作、順調にヒットしてるようでなによりである。実は公開されてわりとすぐ見に行っていて、たいへん楽しませていただいた。そういえば感想文を書いてなかったなと思って少し書いておく。

公開されて3週間なのでそろそろネタバレも気にしなくていいだろう。

おすすめかどうかと言われたら間違いなくおすすめである。椅子と猫のおいかけっこシーンなどアニメとしてもたいへんコミカルかつテンポよく、くすくす笑いながら見ていた。おもしろおかしいアニメでもある。

本作をもって新海誠の「災害三部作」「ディザスター三部作」の完結であるという向きもあるようだが、俺もほぼ同意である。「君の名は」「天気の子」でも描かれていた「災害」への向き合い、それがこの映画にすべて結実したのだと思った。

「君の名は」では災害は「過去」として描かれた。消えてしまった命を、SFともファンタジーとも取れる舞台装置で取り戻そうとする物語だった。

「天気の子」では災害は「共にあるもの」として描かれた。まさにいま現在、自分たちを蝕む災害を解決するのではなく、その災害の中でも本当に共にありたいと願う恋が描かれた。

天気の子

天気の子

  • 醍醐虎汰朗
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では「すずめの戸締まり」の「災害」はいかようにして描かれていたか。

本作における災害は、「ミミズ」と呼ばれるある種のモンスターとして描かれる。その普通の人には見えないミミズが「扉」から出てきて、震災をもたらすのだ。主人公らはそのミミズを扉の向こう側である「常世」に押し戻すための旅をする。

「ミミズ」が出てきて震災が起きる場所は、実際の震災とリンクしている。出発地となる大分県のミミズは大分中部地震や熊本震災あたりを象徴しているのであろう。四国のミミズはおそらく近いうちに起こるとされる南海トラフ巨大地震だ。神戸は言わずとしれた阪神淡路大震災、東京は劇中でも語られたように関東大震災、そして最後に立ち向かうミミズは宮城、そう東日本大震災である。

主人公の鈴芽はその東日本大震災の被災者だ。まだ4歳ほどだった鈴芽は震災で母を失い、大分の叔母の家に引き取られている。その鈴芽が「閉じ師」である宗像草太と出会い、恋に落ちるところから2人の旅は始まっていく。

日本各地の廃墟にある扉から出てこようとする「ミミズ」を封じる時には、その廃墟で暮らしてたはずの人々の声が聞こえてくる。かつての幸福な記憶、人々が暮らしていたはずの街の思い出。それらが失われた現在の姿との対比が、見るものの心を締め付ける。

それを見ていてふと思ったのは、このミミズとは「私たちの苦しみや悲しみ」そのものなのではないかということである。

人生はよいことばかりではもちろんない。多くの悲しみや苦しみを抱えながらも、それを心のうちに封じ込めて、人は生きている。

そうした封じ込められた悲しみや苦しみが、ときおり顔を出すことがある。たとえば劇中で叔母が鈴芽につい発してしまった「本音」などだ。劇中ではない現実でも、インターネットの書き込みにそうした「悲しみや苦しみが顔を出した」人々がいるのが見受けられる。その暗喩としてあの「ミミズ」は描かれてるのではないだろうか。

そう考えていくと「扉」の向こう側の「常世」と呼ばれる世界は、我々の内心そのものであることに気付かされる。災害とは喪失だ。多くの苦しみや悲しみが「扉の向こう」では渦巻いている。

「ミミズ」とは我々自身の慟哭であり、「扉」とは個人と社会を隔てる壁なのである。パブリック空間とプライベート空間の境目こそが「扉」なのだ。

その扉を閉じていくこの旅は、あの震災と向き合い直し、自己の悲しみや苦しみをもう一度封じ込め、生きていくための旅なのである。

だから「閉じ師」の仕事は終わらない。悲しみも苦しみも、どれほど抑えていようとも、いつかその扉を開けて吹き出してしまう。そんなの人間ならみんなそうだ。そのたびに祝詞を唱え、封じていく。

だから最後の戸締まりは「行ってきます」なのだ。どんな思いもギュッと内に押し込め、俺たちは外に向けて笑顔を作る。生きていくために。社会と関わるために。

それはこの映画の制作が始まった頃から始まったパンデミックでもそうだ。家族や友人をこの新型ウイルスに殺された人々は少なくない。その悲しみも苦しみも、ときおり耐えきれずに慟哭してしまう。だが、そのたびに「戸締まり」をして、また外へ、社会へとつながっていく。そうやって我々は今も生きているし、過去の戦争や災害でもそうだったのであろう。

今日もどこかでミミズが飛び出している。「閉じ師」にはきっと誰もがなれるし、誰もがなるべきなのであろう。未来を生きるために。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>