狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

「夏への扉」を、僕らはまだ探し続けている

人気SF小説『夏への扉』、山崎賢人主演で初の実写映画化 舞台を日本に再構築 | ORICON NEWSというニュースが飛び込んできた。ハインライン夏への扉は確かに名作で、hired girl という名のメイドロボのようなものを文化女中器と訳したセンスも含めて日本では評価が高い。山下達郎のこの小説を下地にした1980年の曲で知っている高齢者の方々も少なくなかろう。

『夏への扉』はとんでもない愚作なので褒めないでくださいという記事もある。ネタバレもあるので見たくない人はリンクを踏まないように。ただここに書かれてる批判は確かにそのとおりだ。「夏への扉」は人物造形があんまりちゃんとしておらず、ただただ技術者が技術と復讐に燃える話だ。猫のピートがただ一つの癒しであり、ヒロインに至っては記憶がないレベル。いま映像化するなら、このヒロインをどこまで掘り下げられるかがポイントになるであろう。

まあ日本の実写化に期待などはしないが。

さて、これだけでもなんなので、2006年4月11日のWeb日記に書いた俺の夏への扉の感想をここに再録しておこう。

夏への扉

夏への扉

夏への扉

かのハインラインSF小説。 友人らが揃いも揃って 名作 だの じわっと来た だの言うので注文してあったのだが、ようやく読めた。

確かにおもしろい。思わず時間を忘れて一気に読んでしまった。話の筋は中盤で読めてしまうのだが、それでも興ざめすることなく、なおもおもしろいのは名作の名作たる所以か。

しかし、一番心をひかれたのは、主人公の技術者としての立ち方だ。あくまで物作りに徹しようとし、経営は極力人に任せようとする。それが彼の人生を狂わせもし、助けもする。そして開発に注力するその姿に、共感と羨望と憧憬を感じざるを得ない。

翻訳も読みやすく、SFと言っても小難しい理論に彩られた難解な作でもない。むしろ人間の情景に導かれた、美しい人間の──あるいは恋の物語と言ってもいい。まあ、恋の対象が微妙ではあるが。

題名の「夏への扉」は、暗く冷たい冬の逆を言っている。その扉は誰もが探そうとしてる青い鳥のようなもので、実際主人公の見つけた夏への扉は、ずっと昔からそこにあったものだった。だがしかし、それを手に入れるのは未来においてなのである。

そして未来は、いずれにしろ過去にまさる。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりまさりつつあるのだ。人間精神が、その環境に順応して徐々に環境に働きかけ、両手で、機械で、かんで、科学と技術で、新しい、よりよい世界を築いてゆくのだ。

終盤、主人公はそう語る。これはなんとも、開く扉がことごとく「冬への扉」である我々21世紀初頭の日本人には、激励とも取れる言葉ではないか。

本作品において重要な位置をしめるピートという猫は、真冬に扉という扉を開こうとする。そのうちのひとつは夏への扉なのだと信じて疑わない。そう、どこかにまだ開いてない夏に通じる扉が、あるはずなのだと。

夏への扉[新訳版]

夏への扉[新訳版]

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>