話題作「この世界の片隅に」を見てきた。
「戦争もの」「太平洋戦争末期のお話」「広島にほど近い呉が舞台」という先入観はことごとく崩されてしまった。これは「萌えアニメ」だ。それも日常系萌えアニメである。

- 作者: こうの史代
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2008/01/12
- メディア: コミック
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1943年、18歳で広島から呉に嫁に行った主人公すずさん。声を当てる「のん」こと能年玲奈にはまったく期待してなかったのだが、すずさんの人物像に能年玲奈の声があまりにもマッチしすぎている。なんとなくぼやっとしていて、ちょっとドジで、一生懸命ではあるんだけれど「あれれ?」となってしまう。それが周囲を笑顔にしていく。すずさんはそんなたいへんな萌えキャラで、そのキャラクターに能年玲奈のあのぼやっとした喋り方が完璧に重なるのである。むしろ滑舌の直されたプロの声優ではあの雰囲気は醸し出せなかったかもしれない。冷静に思い返すと「下手」ということなのかもしれないのだが、それを感じさせることもない。それくらいすずさんと能年玲奈は完璧に重なっていた。
そのすずさんの日々のおかしいことおかしいこと。映画館内はあちこちから笑いがこみ上げてきて、俺も思わず大声で爆笑してしまうところであった。肩を震わせながら鑑賞した人も多いだろう。ぼやっとしててドジっ娘のすずさんはいつも天然ボケ。その絵柄と動きのかわいらしさといったらたまらない。すずさんの日々を送る姿を見てるだけでこちらも笑顔になってしまう。ずーっと見ていたくなる。
もちろん戦時下なので決して豊かでも余裕のある暮らしでもないのだが、本をよく読み勉強もするすずさん(そこも萌えポイント!)の工夫をこらした食事のレシピも興味深かった。決して美味しいものではないのだが、そのうち再現レシピを作ってみたい。
ぼやっとしたまま嫁に行ってしまったすずさんと夫・周作とのやり取りは、初恋ラブコメとしかいいようがない恥ずかしさ。すずさんの幼馴染の軍人に嫉妬する周作のいじらしさは胸が張り裂けるよう。
なにより「この世界の片隅に」の描く日常は、体験したことこそなくても間違いなく今の生活に繋がる昔の日本の暮らしだ。裏の畑で採れた野菜、頂いてきた野菜、それらを煮炊きし、今日の胃袋を満たしていく。夏の日の畳、冷えたスイカ。それらをすずさんの視点で、ファンタジーと現実がないまぜになった風景を描き出していく。
そんな「萌え」に満ちたこの作品だが、やはりどうしても時代設定として「あの日」がやってくる。ぼやっとしてドジっ娘のすずさんが、本気で落ち込んでしまうあの日がやってくる。
「それでも日々は続いていく」
日常系ほのぼのアニメに「戦争」のような苦しい風景を背景にあるからこそ、日々の暮らしが愛おしく見える。それは監督の狙い通りだろう*1。
どんな苦しくつらい日がやってきても、命がある限り我々の暮らしは続いていく。暮らすということは食べるものと着るものと寝るところを用意することだ。その日々はとどまることなく続いていくのである。
すずさんの時代から70年、DV、介護、毒親。もはや「家族」はリスク要因となってしまった現代。ともすれば誰かと生活することそのものがリスクになるこの時代。人と暮らすということは決して陰鬱なものではなく、楽しいものなのだということ、愛おしいものなのだということを、すずさんたちは思い出させてくれるようだった。
もちろん現代では同じ形ではあり得ないだろう。新しい家族の形を探しながら、あのすずさんたちのように、誰かと笑い合いながら暮らしていきたい。
さあ、誰と一緒に窯の火を炊こうか。