「アナ雪」エルサに続き、今度は「キャプテン・アメリカをゲイに」という記事。昨今北米ではセクシャルマイノリティの人権問題が大きくクローズアップされ、男性同性愛者(B)、女性同性愛者(L)、両性愛者(B)、性別の曖昧な人々(T)を中心に「LGBT」とひとくくりにして様々な運動や言論が盛り上がってるようだ。
「アナと雪の女王」のエルサが同性愛者であるというのは、それをほのめかす演出がいくつもあるということらしいのだが、どちらかというとそのへんはLGBTへのアンチである保守的な人々による「ディズニーは同性愛を広めて公序良俗を見出そうとしてる」といった類の陰謀論として語られてることが多いようである。
さてそんな状況を北米から遠く離れたこの極東の島から見てると、実に滑稽な運動に見える。アニメや映画の登場人物が同性愛者であることなど珍しくもない話だからだ。
LGBTだのみならず、標準的な異性愛の形をとらない性愛全般を「クィア」と呼ぶそうで、そうしたクィアの登場人物がクローズアップされた映画を「クィア映画」と呼んだりするらしい。
BenshoffとGriffinによれば、「クィア映画とは何か?」という問いを答えるために少なくとも五つの方法がある。たぶんもっとも自明なものは、もし映画がクィアな登場人物を扱っている場合、それはクィア映画と言えるということである。最近のアメリカ映画では、クィアな登場人物がときどき脇役や主役として現れることもあるが、1960年代以前のアメリカ映画ではゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーといったクィア・キャラクターの存在を認めることはめったになかった。 (中略) しかし、古典期のハリウッドには、登場人物のクィアネスを暗示する演出を行った映画監督たちもいたわけで、そういった監督たちの作品には「内包的なホモセクシュアリティ "connotative homosexuality"」を登場人物の立ち振舞い、衣装、口語パターンに見ることができる。たとえば、男性登場人物は過剰にめめしく、女性登場人物は勇ましく表象された。これらの登場人物は自主検閲の網を逃れ、多くの観客はそれらの登場人物を同性愛者だと理解した。現在の視点から見れば、ほのめかされたホモセクシュアリティと伝統的なジェンダー規範からの逸脱によって、これらの登場人物たちはクィアとして認識することができるだろう。 クィア映画とは何か? Part 1(Queer Images, p. 9~10) - No Rainbows, No Ruby Slippers, But a Pen
このへんは非常におかしな話だ。めめしく描かれた男性登場人物が同性愛者であるなら「機動戦士ガンダム」のアムロ・レイもゲイであることになってしまうし、勇ましく描かれた女性ということならセイラ・マスもレズビアンということになる。いやセイラさんは生涯独身だったしそれもあり得なくはなさそうだけれども。ともかく欧米では「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という性規範がとても強いのだろう。それをはずれただけで同性愛者だと理解されるくらいには。
さてクィア映画の定義を理解したところで日本のアニメを振り返ってみると、これがまたクィア映画だらけであることに気付く。
「男らしくない男性」「女らしくない女性」も「同性愛っぽく見えるもの」も出てこないアニメ作品なんてどれくらいあるだろうか。もちろんゼロではないだろうけれども、正直ぱっとは思い浮かばない。
たぶん元記事の人や「エルサにガールフレンドを」運動に賛同しちゃうような多くの一般的な人は知らないのだろうけれども、映画やアニメの登場人物を同性愛者と考えて二次創作する活動というのは世界的に昔から存在している。中には実在のアイドルやバンド、スポーツ選手が同性愛者だと仮定した二次創作なんてのもある。それは1970年代の日本にはすでにあったし、おそらくもっともっと昔から存在してたはずである。日本では「BL(男同士)」「GL(女同士)」などと呼ばれ、英語圏では「slash」と呼ばれてるようだ。なぜ slash なのかは K/Sのページを見てもらえばわかるだろう。
さてこういうBLやGLを描く二次創作文化は、そうした同人誌作家から商業デビューしてくる人々のおかげで徐々にメジャーな世界に広まりを見せる。代表的なのがCLAMPという作家だ。
CLAMPの作品は非常にクィア的で、記憶にあるだけでも「東京BABYLON」は3人の主人公の関係性はクィアとしか言いようがないものであったし、「ちょびっツ」などはパソコンと人間の恋愛を描くものであったりもする。
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そうしたCLAMPの代表作の一つが「カードキャプターさくら」だ。主人公の木之本桜は同級生の大道寺知世から偏執的な愛情を受けている(レズビアン)。木之本桜の母親は大道寺知世の母親から同じように愛情を受けていたが別の男性(桜の父親)と結婚してしまった。桜の兄である木之本桃矢は同級生の月城雪兎(男性)と深い関係にある。月城雪兎はまた木之本桜からも、そして桜のライバルである李小狼(男性)からも恋愛感情を抱かれている。重要なのはこの作品がアニメ化された際、日本でもっともお堅い放送局であるはずのNHKで放送されていたことだ。確か CLAMP だったと思うが「誰が誰を好きになってもいいじゃない!」というようなことをどこかで書いてた覚えがある。性愛の形というのをぶち壊す作品を描きつつ言われるとたいへん説得力がある。
カードキャプターさくらの連載が始まる少し前、武内直子による「美少女戦士セーラームーン」という作品が世界的な大ヒットを飛ばしていた。ガールズパワー、戦闘美少女と称されるような今にも流れる日本のアニメの方向を決定づけた作品でもある。女性が戦う作品の出てくる洋画に日本の影響が色濃く出がちなのもおそらく偶然ではないのだろう。セーラームーンの登場人物にみちるとはるかという2人のカップルが出てくる。はるかは原作では男性でもあり女性でもある半陰陽であり、アニメ版では男装したレズビアンである。どちらにとってもクィアであることには変わりない。
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もちろんこの2作品は現代でも多くの人が知る代表作でしかない。セーラームーンはリメイクが今も放送中であるし、カードキャプターさくらも再放送中で様々なグッズが販売されている。CLAMPも武内直子も、多大な影響をいまもって与え続けてる。
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近年のアニメでいうと、現代美術作家でもある柴田英里氏による「クロスアンジュ」と「ヴァルキリードライヴ・マーメイド」のフェミニズム批評がたいへん興味深かった。
この2作品は極北であると言ってもいいのだけれども、それでもこうした同性愛描写は決して珍しくないのが日本のアニメである。大ヒットした「TIGER & BUNNY」はもちろん北米市場を見込んで作られたという意味では純然たる日本文化の体現とは言いがたいのだろうが、それでも妻を失った中年男と若き没落白人青年の2人は多くの人びとが「カップル」であると認識していたし、いわゆる「オネエ」キャラも出てくるのだが、そんな雰囲気もない男らしいマッチョ男性の同僚と2人で飲みに行くシーンもあった。主人公の同僚のある人物が恋に落ちる相手はアンドロイドだった。
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他にもうっかりすると見過ごしてしまいそうな同性愛描写というのはたくさんある。これまた大ヒットした「魔法少女まどか☆マギカ」の佐倉杏子は、もはや意識のない美樹さやかに「ひとりぼっちは寂しいもんな」と声をかけ共に死ぬことを選ぶ。これをレズビアン描写ではないとは言えないだろう。「鉄血のオルフェンズ」のミカヅキとオルガにみられる深い信頼と関係性を同性愛として読み取ることも無理筋とまでは言えまい。「涼宮ハルヒの憂鬱」でハルヒがキョンにやたらつっかかるのは、ハルヒのお気に入りであるみくると仲が良いキョンを遠ざけるためだと思っていた。
要するに現代日本のアニメというのはもっぱら同性愛こそが消費されているのである。それがもはや当たり前になっているし、異性愛が描かれたとしてもそれは「可能性のひとつ」でしかない。そうなってきたのはコミックマーケット(コミケ)を中心とした同人誌文化と、CLAMPはじめそこから商業デビューしてきた作家たちの影響力とでもいうべきなのだろう。
そもそも日本では男色や衆道など同性愛はごく普通のことだった。それを明治期になり当時同性愛が犯罪や病気だった欧米諸国を「先進的」と勘違いした当時の知識人たちが真似て「アジアの野蛮な風習」として禁じてきたに過ぎない。大衆はそんなことはさほど気にせず、いわゆるトランスジェンダーの芸能人なども古くからテレビに出てきたし大御所として認知されてる人たちもいる。
英語のWikipediaにアニメに出てくるLGBTキャラクターのリストがあったりするが、やたら日本のものが多いのはそういうわけなのだろう。もちろんこのリストにあるものは本当にごく一部でしかない。先述の Tiger & Bunny のキャラクターも入ってないしクロスアンジュも入ってない。先駆者にして代表的なボーイズラブ作品である「風と木の詩」すら入ってない。誰か英語の得意な人がいたら入れてあげて欲しい。
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要するに何が言いたいかというとようやく日本に追いついてきたなアメリカ!!ということである。