狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

Appleが世界の家電業界を支配する日

昨夜、Apple の開発者向けイベント WWDC で発表された HomeKit に衝撃を受けた人はあまり多くないようだ。もちろん俺はプログラマだし、一番注目したのは新言語 Swift であることには変わらないのだが、 HomeKit のインパクトは小さくないだろうなと考えている。

「そんなに目新しいか?」と思われる方もいらっしゃるだろう。実際、こういうのは長年日本企業も研究してきてたし、Windows Embeded などを利用した実験住宅などもたくさんあった。

だがきちんと製品化できたところはどれだけあったろうか。

スマートフォンを用いた家電コントロールは、つい最近もある日本企業がリリースしていた。しかしそれはあくまで「自社製品」をコントロールできるスマホアプリを作ったという形のもの。プラットホームとして展開されてるものではなかった。

HomeKit はプラットホームだ。操作端末として iOS デバイスを用い、対応してる家電を操作できる。対応するメーカーも10社以上ロゴが貼りだされていた。

どうしてこのような違いが出てきたのか。日本企業の囲い込み戦略と、Apple の囲い込み戦略の何が違うのか。

Apple の囲い込みは、囲い込まれることが事前に予測できないからである。

例えば以下は俺が実際に経験したことである。

iPod touch がおもしろそうだったので買ってみた。ところが Debian ではうまく同期できないので、 Windows を使っていた。iTunes がだいぶ使いにくい。Mac では割と普通に使えるらしい。別に Windows や他の OS も動くし、ラップトップだけ Mac にしてもいいかな。

MacBook を買うと、音楽はスムーズに同期できるようになった。写真は iPhoto で管理される。ちょっと抵抗があったが、実体のファイルはあるようだし特に不便は感じない。そのうちケータイとの二台持ちがめんどくさくなり、電話も iPhone になった。カメラがついてるので写真を撮るのだが、同期するときにスムーズに iPhoto に取り込まれて日付で分類分けされる。イベント名を書く欄があり、気がつくと「運動会2009」なんて書いてたりする。

そのうちルータを買い換える必要が出てきて、Apple の AirPort Extreme が目に入った。どうやらこれに外付けHDDをつけると TimeMachine という Mac のバックアップ先として使えるらしい。それは便利だなあと買ってしまう。そして AirPort Extreme の設定があまりに簡単すぎて拍子抜けする。今まで苦労してセッティングしてたのは何だったんだ。細かいところがいじれないけど、確かに不便もしていない。

気がつけば、保有してるガジェットが Apple 製品だらけになっていた。あれほど囲い込まれないように気をつけていたのに。

そう、お気づきだろうか。Apple は事前に「おまえを囲い込むよ」というメッセージはほとんど発してない。ユーザーが自分の選択として選んだように感じさせるのである。

おそらく HomeKit もそうなるだろう。気がつけば HomeKit に対応してるかどうかで家電を選ぶようになる。うっかり iPhone 1台を買ってしまったがために。

他メーカーの囲い込み戦略は、事前にユーザーから囲い込むことを予告している。その会社の製品でなければ動かないんでしょ? オープンだとかいっても他の会社は出さないじゃない?

Apple は囲い込まないふりをする。だから十数社もパートナーを揃えてから発表する。HomeKit 対応製品を買ったからって、Apple 製品を買い続けないといけない理由はないですよ、というスタンスを貫く。

しかし実際に買ってしまうと、Apple が「うちのこっちの製品も買うとこんなに便利だよ」とホレホレしにくる。そして実際便利だから買ってしまう。実際にはライセンスや特許で自社製品以外では同じだけの便利さを作れないようにしておいてるんだろうけれども、ともかく「ユーザー自身の選択として実利を取った」ことの結果として自分たちの製品を買わせるのである。

もちろん実際に便利さや快適さを提供してるからこそできるのだが、本当に上手だなと思う。

いろんな企業が囲い込みをしようとしてうまくいかなかったスマートホーム戦略を、こうして Apple がさくっと持って行ってしまうのだろうなというのを見てると、実になんともいえない気分である。

もちろん結果はまだどうなるかわからないのではあるが、HomeKit が家電業界に与えていくインパクトは決して小さくないだろう。なにせ Apple の思い通りに行ってしまえば、 HomeKit 未対応の製品はほとんど売れなくなってしまうのだから。

本気でこれに対抗するなら、国内のみならずあちこちの家電メーカーと協力して iOS 非依存の HomeKit 対抗プラットフォームを作るしかないだろう。しかしそれをやったとしても、メーカーたちが協議してる間に、HomeKit は世に出て巻き返しの難しいところまで普及してしまうのではないだろうか。

一度はプライドを捨てて Apple の軍門に下れるかどうか。その間に Apple の手が回らないところで力を付けられるかどうか。まさに7年前ソフトバンクがやったようなことができるかどうか。

いま家電メーカーにはそんなものが突きつけられてしまっているように、俺には見えるのである。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>