いまちょっと都合でタイのバンコクに滞在している。ときおり日本には戻るが、数年ほどこちらにいる事になると思う。
バンコクは非常に栄えた国際都市で、そこらの日本の地方都市が見劣りするくらいの大都会だ。けれど貧富の差は激しい、超格差社会だ。
だから物価は安いと思ってた。実際安い。コーラは10バーツだし、大卒の初任給は12000バーツとか、院卒でも2万バーツはいかない。
今のレートだと1バーツは2.7円ほど。カオマンガイ*1というスープで炊いたご飯に鳥肉を乗せた料理がそこらの屋台で食えるのだが、これが30バーツほど。庶民の食べる食事として日本でいう牛丼みたいな位置づけ。レート的に考えると100円もしない激安料理なのだが、1カオマンガイ=1牛丼と考えると、こちらの本当の物価が見えて来る。
バーガーキングのワッパーJrセットが99バーツで、ポテトとコーラが付いて来る。こいつは3カオマンガイなので、レート的には270円くらいなのだが、3牛丼と考えると1000円以上だ。
定住先が見付かるまで滞在している今のサービスアパートメント(ホテルとアパートの中間みたいなの)は、一泊1700バーツ。レート的には5000円もしない部屋だが、カオマンガイ56杯分。牛丼56杯分と考えれば一泊2万円以上の高級物件ということになる。
こちらにはセブンイレブンやマクドナルド、スターバックスがごろごろしている。あんまり外国に来た気がしない。
けどスターバックスのラテをグランデで頼んだら105バーツだった。同時に1時間150バーツのWi-Fi利用チケットも買った。255バーツ、688円くらい。でもカオマンガイ8杯分。気分的には3000円以上払った気がするわけだよ、牛丼8杯分と考えれば。
そしてお気づきだろうか。日本人が普通に泊まれるところは、安くてもやっぱり5000円弱はしてしまう。スタバでコーヒーを飲んで無線LANを使えば700円くらい払うことになる。日本にあるような食事を取ろうと思えば200バーツや300バーツは払うことになる。
そう、結局「物価が安い」と思われてるバンコクだって、日本と同じものを得ようとすればたいして変わらない金額になる。「物価が安い」のは、言い方は悪いが「もっと劣悪な製品」が存在してるというだけのことなのだ。
そりゃそうだ。考えてみりゃ当然だが、物を作るコストはたいして変わらないはずだしね。せいぜい人件費が安いくらい。こんなところで安く売れるのは、製造コストをさほど考えずに値段を付けられるDVDくらいのもんじゃないだろうか。製作コストは原産国で回収されてるだろうしね。
日本じゃ格差社会が問題だと連呼してる連中がいるが、その問題がどこにあるかちゃんと説明してる人があんまりいない気がする。
別に格差はあっていいんだよ。でも今の日本には安い屋台も無ければ安いアパートも無い。貧乏人が使うようなアパートはバブル期にほとんどぶち壊しちゃったし、50円で食べれるラーメンなんて無くなっちまった。
高度経済成長は、最後には「庶民」の生活レベルを底上げしすぎて戻れなくさせてしまった。再び訪れる格差社会に対応できる市場が消えてしまった。
生活レベルを落して暮らす人たちに向けた市場が無い日本で、これ以上どうやって生活レベルを落せばいいのか。もうワンルームのアパートに3〜4人で暮らすくらいのことはしないといけないのかもしれない。実際バンコクにはそういう暮らし方をしてる人たちがごろごろしている。
高度経済成長の末期に生まれた今の日本人たちに、果してそんな暮らし方ができるだろうか?
バンコクでは今の日本では見られなくなった物乞いがたくさんいる。7-11のジュースのカップを叩いて、中にお金を入れてもらおうとする。女性が多くて、子供をダシに使う。強烈に蒸し暑いバンコクの街角で、生まれて間もないうつろな目をした赤ん坊を抱きながらカップを叩いてる女性がいた。白人とのハーフと思しき3〜4歳の女の子が足に絡み付いて来たと思えば、物乞いをしてる女性の子供だった。
夕方、彼女らのカップには、丸1日かけて集めたと思われるお金が入っていた。ちらりと見ると、10バーツ硬貨が何枚か、20バーツ紙幣も見えた。全部数えてみれば、100バーツ近くにはなってるのかもしれない。カオマンガイを1杯食べても、まだ家に持ち替えるお金がある。
彼女らは、そうやって生計をたてているのだろう。
貧しいというのはそういうことなんだと思った。「かわいそう」が価値になる。「かわいそう」という価値だけでごはんが食べられる。その価値だけでごはんが食べられる安価な市場がある。
物価が高いとか安いとかは、相対的なものだ。収入に対して衣食住が占める割合がどれだけあるか。
日本が格差社会に向かうなら、もっと劣悪でもっと安い、アパートや食べ物が必要なのだ。そしてその生活に耐えるだけの──赤ん坊をダシに物乞いをしたり、せまいアパートに3〜4人で暮らしたりする──人々の覚悟も。
追記:「劣悪」の意味について
ブクマコメントを見てたらちょっと勘違いされてる方もいらっしゃるようなのでフォロー。
バンコクの屋台はうまいです。マジでうまいです。タケルンバ卿も言っておられるように、特にピンクカオマンガイのうまさは絶品です。東京カオマンガイのオーナーさんオススメのタイラーメンもめっちゃうまかったです。まだバンコクに来て1週間もたってないけど、この2店舗はマジで気に入りました。
けどね、「劣悪」ってのはそういう意味じゃないんだよ。
屋台っていったっていろいろある。やばそうな店もあればうまそうな店もある。
「ああ、おれ日本人なんだなあ」とつくづく思ったのは、セブンイレブンで缶ビールを買ったときのこと。プルのまわりにぽつぽつと黒い砂か土のようなものが付いてたとき。
日本じゃ買った缶ジュースの類はその場であけて飲めるけど、バンコクじゃ一度水で洗ってからじゃないと飲む気になれない*2。
ちょうどブクマコメントでおもしろい記事を教えてもらったので引用する。
具体的な詳細を書けば、多くの人に、
「もしかして日本ってオーバースペックなんじゃないの?」
って感じて頂けるのでは?と思ったので。その感じを伝えたくてああいう書き方にしてみたのです。つまり、
この国ではすべてが不必要にオーバースペックになっているために、無用に最低生活コストが高くなっている。それが多くの低収入者層を苦しめているし、社会福祉費の増大にもつながっている、と。
先日来どこかのブログで話題になっていた「日本は高機能で高価格の家電ばかり」というのと同じで、オーバースペックというのはこの国の大きな特徴です。
“格安生活圏”背景解説 - Chikirinの日記
日本はオーバースペック、まったくその通り。町角のコンビニで買った缶ビールに直接口をつけて飲めるようにするために、いったいどれくらいのコストがかかってるのか考えたことがあるか?
日本で店ひとつ出すのにどれだけのコストがかけられて「安全」を作ってるか考えたことがあるか?
この国ではそういうオーバースペックは無い。いや無いわけじゃないだろうが、日本にくらべりゃぜんぜん無い。
そういう意味で言い方は悪いけど「劣悪」なんだよ。逆に言えば日本が異様に品質高すぎるの。
バンコクの道は日本じゃ考えられないほどぼこぼこだ。歩道を歩いてるだけで転びそうになるし、転んだ先には電線があったりすることもある。たまに感電してる人がいると聞いたがホントかどうかは知らない。
道には犬のフンがけっこう落ちている。狂犬病にかかった野良犬もいるからけっこうマジで恐い。
逆にお金持ちが利用するような場所は厳しく警備されている。入り口には警備員がいるし、なんか飛行機に乗るときみたいな枠をくぐらされる。BTSスカイトレインというカオマンガイ1杯分くらいの電車が走ってるが、自動改札の横には警備員がいて、ジュースを持ったまま改札をくぐろうとすると怒られる(こぼすやつがいるからか?)。
日本の道はきれいすぎる。新しい道路作る予算と既存の道路をメンテする予算を本気で比較してもらいたい。既存道路のメンテを手抜きするだけで必要な新設道路の予算だって出るんじゃないのか?*3
日本人目線では「劣悪」でも、グローバルな目線ではスタンダードかそれ以上。そういうことになるんだと思う。