狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

敗北するオスと余るメス、そして野生に抗えぬサピエンス

ようやく昨今「男の生きづらさ」が話題になるようになってきた。

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上記記事はデータを元に男性の生きづらさを明確に語る試みである。そのデータの読み方に批判はあれど、大筋では同意できる話だ。

男性という性は、基本的には勝利者と敗北者とで構成される。人間に近い生態を持つゴリラなどは、おおむね半数のオスたちが1〜3頭程度のメスからなるハーレムを形成し、半数程度のオスたちは男社会を築き上げるそうだ。四足の哺乳類などでも、やはりハーレムを形成しメスを巡って争い、勝利者のみが子孫を残せるような行動を取る動物は少なくない。

ホミニンと呼ばれる動物も、やはりハーレムを形成する。ホミニンは昔はいくつかの種がいたが、みな絶滅していまは一種しか残っていない。ホミニンの社会は表向きは一夫一婦制を取ることが多いが、その実いわゆるアルファオスたちは愛人を作り、正妻に隠して、あるいは公認を得て、事実上のハーレムを構築している個体は少なくない。

孔雀が羽を広げて性的魅力をアピールするように、ホミニンのオスたちも性的魅力をアピールすることには余念がない。この動物における最大の性的魅力は、その社会で流通する紙や金属でできた貨幣である。貨幣を多く持つことをアピールするために、ホミニンのオスたちはメスに食物や貴金属を贈与することが多い。ただの食物や貴金属では価値が限られるので、それらを洗練させる行為にもたいへん労力が割かれ、それらは個々の群れにおけるカルチャーとして発展している。食物や貴金属はたいへん美しく形作られ、付加価値を増し、それらをメスに贈与することによってホミニンのオスたちは持ってる貨幣の量の多さをメスたちにアピールするのである。

また、より多くの貨幣を持つオスの寵愛を受けるべく、メスたちの性的アピールも激しい競争が行われている。粉末やゲル状の物質を顔などに塗って血色をよく見せたり、カラフルな糸状のものを編み合わせた布と呼ばれるものに代表されるような装飾品を身につけるなどして、その性的魅力をアピールする。オスから贈与される食物や貴金属は、こうした性的魅力の構築に役立てられる。食物を得ることで脂肪の多い魅力的な肉体を作ったり、貴金属で飾り付けることによってより魅力的に見せたりする。

おもしろいことに、ホミニンはそうして作られた性的魅力を利用し、直接貨幣を贈与させる行為がしばしば見られる。大きく発展した群れではよく見られる行動で、オスよりメスのほうがこうした行動に出る事が多い。生殖を伴うこともあるが、不思議なことに生殖を伴わないことのほうがずっと多く見られる。ミツバチの求愛ダンスのような動作と独特の鳴き声を伴ったパフォーマンスを行い、異性から貨幣を贈与させることもある。ここには同性愛も少なからず見られ、動物の奥深さを知ることができる。また多くの個体の興味を引きすぎてしまい、怪我を負うこともある。

こうしたホミニンの性行動は、過当競争に陥りがちだ。力をつけて大きく発展した群れほど、そうした競争のあまりの激しさに疲弊し、子供が産まれづらくなる。より多くの貨幣を得るためにオスたちは生まれたての頃から、あるいは生まれる前からより多くの貨幣を持てるように親たちの指導を受ける。ホミニンはゴリラよりは乱婚だが、チンパンジーほど乱婚ではない。オスたちはメスを獲得できるほどの貨幣を得ることができなければ、子孫を残せないのである。もちろんゴリラよりは乱婚なので、チンパンジーにも見られるようにハーレムに忍び込んでメスに取り入り、子孫を残すオスもいる。だがそれは例外的だ。

メスにおける過当競争はたいへん目に付きやすい。競争をやめて自分で餌をとる個体も少なからず観測することができる。メスはメス同士で社会を構成し、チンパンジーにおける毛づくろいのような行動を取る。色のついた水や糖質の多い食物を分け合い、鳴き声を発し合うことで毛づくろいのような効果をもたらすようだ。

一方、オスの過当競争は目に付きにくい。競争に敗北したオスたちは巣にこもってしまったり、群れから離れて行動することが多いからだ。まったく群れと行動をともにしないわけではないのだが、敗北したオスたちは群れとの関わりを避けることが多い。諦めの悪い敗北オスが群れのハーレムやアルファオスたちに近付こうとすると、アルファオスやメスたちは苛烈な示威行動を取って敗北オスを群れから追い出そうとする。メス同様にオスたちも布や貴金属で身を飾り、その所持する貨幣の多さをアピールする。敗北オスたちはあまり貨幣がないので、そうした布や貴金属を入手することが難しく、一瞥して敗北オスであることがわかりやすいのである。

このように、ホミニンの敗北オスは群れだけを見ていると非常に少数に見える。群れにいるオスたちはメスたちを支配、あるいは食物や貴金属を贈与し、自分のハーレムに取り入れることに熱心だ。巣ごもりしたり群れから離れた敗北オスたちの行動についてはいまいちよくわかっていないが、メスの形状をしたものを作成する個体もいるようだ。こうしたものはメスたちに見つかると激しい暴力にさらされる。群れにいるオスたちもそうした攻撃行動に参加し、群れから追い出そうとする。

大きく発展した群れになると、こうした敗北オスたちの数はぐっと増える。貨幣をより多く得るための工夫が発達し、一部のアルファオスとその子孫たちが貨幣を専有し始めるからである。そうなると群れに残るオスたちもメスを抱えきれなくなる。ホミニンの生殖能力はそこまで高くないので、メスが余り始めるのである。

メスたちもごく一部のアルファオスにしか興味を示さないわけではない。貨幣をある程度持っていることがわかれば生殖に応じることも少なくない。みずから貨幣を所持し、オスに贈与する個体もいるがやはり例外的だし、やはり基本的にメスたちは敗北オスとともに群れを離れるような行動を取ることはめったにない。敗北する前につがいになった場合でも、オスの敗北が決定的になるとメスは敗北オスを群れから追い出す行動がよく見られる。

こうして大きく発展した群れは急速に子供を作らなくなる。競争はより過当になり、敗北オスも余りメスも増えていく。そう、ホミニンにおけるオスは敗北し、メスは余るのである。

こうして多くの敗北オスと余りメスを生み出した群れがどうなるかはまだわかっていない。他の群れから多くの個体を迎え入れてる群れもあれば、そうしない群れもある。いずれ群れの統廃合が起きたり、他のホミニンたちのように絶滅したりするのかもしれないが、それはまだ誰にもわからない未来のこととである。

さて、ホミニンの例にも見られるように、男性というのは勝利者と敗北者しかいない。敗北者は群れから疎外され、勝利者は群れを支配する。傲慢な人間は自分が動物であることを忘れるものだが、しょせん人間も動物であり、その野生はそんな人間の中にも内在しているものなのである。

こうした内なる野生と戦い、敗北者や余り者にも優しい社会を作ることは容易ではない。かつて「キモくて金のないおっさん」という概念が出現した時に見受けられた社会からの攻撃的な言動の数々を思い出してみたらいい。あれはそもそもそうした欺瞞を暴き出すための概念であり、それは大成功したといえる。自分の野生と戦うことすらできない人々が「キモくて金のないおっさん」を激しく攻撃することで、その欺瞞は見事に暴き出された。

解決する方法は2つある。ひとつは敗北者や余り者の不幸に寄り添い、彼らの幸福に寄与することだ。ゆっくりと滅びていくだろうが、非人道的なことはしなくて済む。

もうひとつは、敗北者の数を減らすことだ。一夫一婦制規範の高い社会では、経済活動が活発化し、より多くのマネーがより多くの人々の手に渡ることによって敗北者を減らすことができる。そのためには富裕層課税をして再分配をする必要がある。

金持ち課税

金持ち課税

この2つの解決は衝突するものではない。どちらも同時にできるはずだ。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>