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狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

Barcampとプノンペンと世界に出ていくということと

先日、プノンペンで開催されたBarCamp Phnom Penhに参加して来た。バンコクでの開催とはまた雰囲気も違っていて、大きなステージが用意されてそこでメインイベントを進行する形だった。進行役の女の子が妙にかわいかったな。

プノンペンは言わずと知れたカンボジアの首都。ほんの20年前ほど前まで内戦をしていた国。いまだ国土に地雷の埋まった国。

そこで集まったgeekたちのイベント。日本のBarcampはなぜかほとんどが欧米人参加者みたいだけど、東南アジアでは割と地元の人たちが多い。みんな英語しゃべれるしね。

セッションはクメール語Unicodeというネタが複数あって、文字コードで悩むのはアジア人共通なのかなあなんて思ってた。

でもね、ちょっと違ったみたい。

イベントの終盤、進行役の女の子が「Unicode 3.0使ってる人いるー?」と呼び掛けると、「もちろんだ」というように次々と手があがった。俺はこのとき、まだ事態を理解してなかった。

大勢のUnicodeユーザーたちに対して、あの女の子が全身の力を振り絞るように叫んだ。

「ありがとーーー!!!!」

そして会場はわーっと歓声につつまれた。

それで理解した。クメール語はコンピュータではあつかえない言語だったのだ。1999年に制定されたUnicode 3.0にようやくクメール語が入り、それが普及した近年までまったく使えない状況だったらしい。

そういえばカンボジア人はみんな英語でブログを書いてるって言ってた。そういうことか。

外国人もたくさんくるイベントだというのもあるだろうが、カンボジア人同士でも英語で話したりしていた。俺は英語が苦手なので、タイ人とも日本語混じりで話していた。id:elm200さんたちの協力が無ければイベントへの参加も困難だっただろう。

彼らは成功への意志が強い。俺みたいな英語もろくすっぽできないエンジニアからも、技術を学ぼうとする。日本からのODAのおかげか、日本語センターなんかもあるようで、日本語が話せるカンボジア人もけっこういた。かわいい女の子に日本語で話し掛けられたりもした。

あるカンボジア人エンジニアに、日本でのBarcampの話を聞かれた。ほとんどが外国人で、日本人の参加者はあんまりいないんだというと、驚いていた。なぜうまくやってるやつらから学ぼうとしないんだと。

少し考えて、俺はこう答えた。日本人は成功したいんじゃくて、自分がおもしろければいいんだよ、たぶんね。

信じられないというような顔をしていた。

日本は豊かすぎる。誰もがある程度下駄をはかされて日本という列島に産み落とされる。そこにはおいしくて充分な食べ物と、虫が湧いたりしてない清潔な寝床があり、あたりまえのように学校に行き、文字を覚え、そして何の疑問もなく母国語をコンピュータや携帯電話に入力している。

きっと現状に満足しちゃってるんだろうな、と思う。そして落ちるといってもその落ちたときの状況を想像するには、あまりに貧困が遠い。

俺はずっと日本の、特に携帯電話の状況をガラパゴスガラパゴスだと言い続けて来た。その由来は5年前の以下の記事である。

この記事で佐渡さん(slashdot.jpのKazekiriさん)はこう言う。

「*-jpといった感じで本流と離れてしまうことは、開発者から見ればよいことではない。また、離れることで利権を得ようとする人たちも現れてくる。かつてDebian Projectのリーダーとして活動していたブルース・ペレンスと話をした際にこうした状況について話したところ、それはFake Open Sourcerだね(だから排除すべき)という結論に達した」(佐渡氏)

ITmedia エンタープライズ:日本におけるOSSの幻想——OSS界のガラパゴス諸島、ニッポン

日本のいろんな活動を見ていると、日本はとにかく身内受け、「ネタは狭いほどおもしろい」を地でいく人が多いように見える。そして「世界に出る」というのは彼らにとって、盛り上がりが滲み出るように内から外へ広がることであって、自ら足を踏み出すものではないと考えてるようにも見える。

たとえばDoCoMo絵文字なんてのはDoCoMoは何もしてないのにGoogleUnicodeに入れてくれようとしている。

もちろんそういうのがあってもいいとは思うけど、それだけじゃ本当に小さな国で終ってしまう。日本はこれから落ちぶれていく国だ。そんなことでは、中国や韓国はおろかタイやシンガポールにも追い抜かれてしまう。

追い抜かれるということ、落ちぶれるということがわからない人が多いのも、日本の豊かさ所以だろう。今の日本は「金と技術がある」からこそ世界に相手にしてもらえてるということがわかってない。金も技術も無い国々の人たちがどう扱われてるかわかってない。

「清貧」なんて言葉は最低限食える奴が言ってる甘ったれた言葉だ。貧しいということは汚物にまみれることだ。食い物も寝床も手段もすべてが汚くなるということだ。

それはここ10年で多少貧しくなった日本を見てもわかるだろう。モンペだDQNだとすっかり汚いやつらが増えてやしないか?

日本は貧しくなる。タクシーに乗れば目的地に行こうとせず客を連れてけばマージンがもらえる飲み屋や風俗店に連れて行こうとする。若い女性一人で乗ろうものなら人身売買業者のところに連れて行かれる。店は金持ってそうな奴には10倍くらいの値段をふっ掛ける。街にはスリが溢れ、路上強盗があたりまえのようにうろついている。子供たちは学校にも行けず働かされ、意味もわからず客から受け取った金を大人たちに渡す。その大人たちも元締に金をすべて渡し、一部をマージンとしてもらう。

そういう国に、日本はなる。貧しいが故に、そうなる。貧しい国は、そうやって生きている。

他国の入管でだって、今は日本のパスポートを持ってればそれだけで信頼されている。日本は清潔で、豊かな国だから、おかしなことはしないだろうと。でも貧しくなれば国外でおかしなことをするやつらも増える。日本のパスポートは信頼を失う。

そうならないためには、日本国内だけで満足してちゃダメなんだ。

「肝心なのは日本で閉じることなく、グローバルに出て行くこと」(佐渡氏)

ITmedia エンタープライズ:日本におけるOSSの幻想——OSS界のガラパゴス諸島、ニッポン

世界に出ていく。そのための接点として、Barcampはすばらしいイベントだと思う。プノンペンでは新聞社もスポンサーに付いていた。

日本では来月横浜で、今秋東京で開かれる。

もちろんBarcamp自体はとても楽しいイベントだ。そんな悲壮感を持つ必要は無いし、ただそこで楽しくみんなでプレゼンし合えばいい。

そう、世界に出て行くということは、楽しいことなんだよ。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>