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狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

貧困が見える社会

“あなたの知らない貧困” - Chikirinの日記という記事。見えやすさという記事と併せてどうぞ。

「日本の貧困が見えにくい」ということを考えてる記事なのだが、確かに非常におもしろいテーマだ。ぜひとも議論が進んでもらいたいと思う。

ということで自分にも議論を加速させる何かを提供できないかと思ったのだが、じっくり考えたり資料を漁ったりする時間がちょっと取れそうもない。そこで今俺が滞在している「貧困が見える」社会であるところのバンコクの状況について、俺が見聞したものを取り急ぎ書いておこうかと思う。

俺は海外といえば20年近く前にニュージーランドへ一週間ほど家族旅行に行ったくらいで、バンコクへ来たのは生涯2度目の日本脱出だったりする。なので他の国の状況などはよく知らないのだが、正直バンコクでは貧しい人たちがそんな困ってるようには見えなかったりする。

いやもちろん裕福な家庭に生まれなかった障害を持つ人たちが街角で物乞をしていたり、夜中に子供が花を売り歩いてたり、信号待ちの車を狙って子供がやっぱり花を売りに来たりして、ああ貧しいのだなあというのはひと目でわかるのだが、そんな子供たちと楽しく笑いながら周辺の屋台でおばちゃんたちがタイ料理を売ってるのである。たぶん親か親戚かなんかなんだろうな。

実際食い物売ってるんだから食い物にはさほど困らないだろうし、40Bもあればまあまあ腹の脹れる食事にありつけるのだから、生きる分にはさほど困らないんじゃないだろうか。

もちろんバンコクは大都会なわけで、だからそうやって生きてけるんじゃないかとは思うのだけどね。

ただ必死さがまるで違うってのはある。ちょっと通りを歩いただけで呼び込みや成人向けDVDを売ろうとする人たちが、いろんな国の言葉で呼び掛けて来る。声かけられて無視って通りすぎ、行きすぎたと思って戻ったらまた同じ人がしつこく声をかけて来るくらいには必死だし、最近日本人の駐在員がごっそり減ったおかげで乾上がってる日本人向けの店が立ち並ぶタニヤ通りシーロムからスリウォンまで歩く間に2度くらいは呼び込みの人に腕を掴まれる。あんまりうざったいんで最近はパッポン2を使うようにしてる。こちらは欧米人向けの店が多いせいもあるのか、日本人の俺を呼び込もうとする奴はあんまいない。それでも2度や3度は声をかけられるけどね。

そういう必死さを見れば、貧しいのだなあ、困ってるのだなあという、貧困は見えて来る。

あとは売ってるものが根本的に違う。俺の住んでるシーロム地区は、日本で言えば新宿みたいなオフィス街と繁華街の街で、並ぶ屋台や周辺の店も高価なものが多い。それでも30Bや40Bでごはんが食べられる店はいっぱいあるし、通常199Bの婦人靴を100Bとして路上で売ってる店には人だかりができていた。

その路上店の隣のビルで買った俺のサンダルは350Bだったし、同じビルで食べたラーメンは150Bくらいはしたと思う。

それでふと思ったのだが、日本ってごはんを食べるところが500円クラスのところと1000円クラスのところしかないよなあと。

もちろんランチで1000円クラスの店はディナーでは数千円の店になるんだろうが、それはまあ日常の食事というわけじゃないだろう。

バンコクでは30Bクラスの店があり、100Bクラスの店があり、200Bクラスの店、300Bクラスの店がある。300Bクラスになると日常の食事っぽくはなくなるが、200Bクラスまではだいぶ日常食だ。もちろんあきらかに非日常の食事になる1000Bクラスやそれ以上のレストランもあるらしい。高いのでいかないけど。

毎日30Bのごはんを食べてる人から見たら、毎日200Bのごはんを食べてる人はどう見えるだろうか。自分が300円の店にしか入れないのに、毎日2000円の店に通ってる奴がいたらどう見えるだろうか。その逆はどうだろうか。

バンコクの水道水の汚染レベル自体は飲用可能らしいのだが、水質的にあまり飲むのには適さないとかで、コンビニにはミネラルウォーターがいっぱい売っている。500mlボトルで6〜9バーツくらい。飲み慣れたエビアンがあったので買おうとしたら、数十バーツもして驚いた。でも置いてあるってことは買う奴がいるんだよね……?

なんとなく昔漫画で読んだ以下のようなせりふを思い出した。

「あいつら金持ちが飲んでる水はラーメン10杯分くらいの値段らしいぜ」
「へえー! そんな高い水はどんな味がするんだろうな。いっぺん飲んでみてえ」

詳細は忘れたし作品もなんだったか思い出せないが、そのあと実際に飲む機会に恵まれて「なんだ、普通の水じゃないか」というシーンがあったように思う。

実際カオマンガイが2杯や3杯食えそうな値段の水が、レストランなんかでは置いてあるんだよなあ。数千バーツのアパートと数万バーツのサービスアパートメントがすぐ近所にあったりもして、そりゃ格差も貧困もはっきり見えるというもの。

そう、貧困が見えるというのは、格差がはっきり見えるということなのだろう。

日本の食事はたぶん「もうちょっと金出すからまともにサービスしてよ」と思う人や「こんなつけ合わせいらないからもうちょっと安くしてよ」と思う人がごろごろいるんじゃないだろうか。

こないだアパートにおくテーブルを買いにデパートへ行ったとき、配送する住所をかけというのでiPhoneを取りだして住所を見ていたら、店員同士でひそひそと「わあ、iPhoneだわ」みたいな事を話してるのが聞こえた。160Bの食事を食べてるときに、テーブルの端に置いたiPhoneが落ちないようにと店員が中程に動かしてくれたのが、まじまじとiPhoneの画面を覗きこんでいた。

なんだろうなあと思ったのだが、iPhoneの値段はだいたい世界中変わらずで、バンコクだと25000Bくらい。デパートや食事処の店員の給与は6000Bとか7000Bくらいのことも多いんだそうだ。

自分の給料の4倍くらいする携帯電話を持ってるのを見たら、そりゃそういう反応にもなるよな。テレビなんかで存在は知ってるんだろうし。

でもバンコクでは割とiPhoneもってる人が多い。電車に乗ったら隣と正面の人がiPhone使ってたなんてこともあったし、まだ初代を使ってる人もぼちぼち見かける。外国人も多いけど、タイ人が持ってることも多い。

そういう売ってるものの値段の差を見れば、やっぱり貧困は見える。

20年くらい前に橋本治のエッセイで、「日本は総中流化しすぎて各層向けの商品が無い」という指摘を読んでなるほどと思った事がある。上流が買ったものが中古で中流に流れ、中流がさらに売却したものが下流に流れるという商品の流れがあれば、リサイクルは成り立つし環境にも優しいだろうみたいな話だった。

シーロムを離れて現地人しかいないようなところにいけば、なんでこんな値段で売れるんだと思うような値段で売られてたりするものもある。観光客もいないので、値段も明朗会計、ぼったくり無し。さすがにそんなところに一人で行けないので連れてってもらったんだけどさ。

きっと中古をうまく活用してるんだろうなあと思う。どう考えても新品じゃありえない値段だったりするものもあるもの。

日本で貧困が見えないのは、やっぱり中流化しすぎて、上流向けの商品も下流向けの商品もあんまり無いから、というのも大きな要因な気がする。

もう一つは、労働者の保護がある程度はうまく行ってて、腕をつかむなどして必死に客を引かなくても食う分くらいは稼げるから、というのもあるだろうな。

日本は物乞が歩道のまん中で倒れてたりもしないし、客引きが歩くのも邪魔なほどひどかったりもしない。労働者の保護は、そういう街の快適さにも繋がるんだなあとしみじみ思った。

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>