読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

狐の王国

人は誰でも心に王国を持っている。

「いやよいやよ」は好きの入り口

こないだおもしろい記事があった。

戸田恵梨香よりむしろPerfumeの踊りの方がきつい - ハックルベリーに会いに行く

俺はダンスについては門外漢なので、Perfumeのダンスが悪いとも下手だとも思わない。しかし尺の短い映像作品が好き*1で、アニメのOP/EDや音楽PVはけっこう見る。自然、ダンスもけっこうよく目にするし、この記事であげられてるような踊りと音楽のCM作品なんかは大好物の類である。

なのでこの記事は俺にとっても非常におもしろく、続きのPerfumeのダンスはなぜ物足りないかも大変楽しく読ませて頂いた。うっかりダンス動画を見るのに時間を忘れてしまいそうになったくらいだ。

さて、その記事におもしろい記述があった。

その意味で、上に引いた記事の人の受け取り方が間違ってるわけではない。むしろ正しい。今はあまりにも訴えかけられる力が強くて、逆に拒否反応を示しているに過ぎない。でもそれが過ぎれば、いつしかくせになってやめられなくなる。やがて大好きに変わる。愛して愛してやまなくなる。もう本当に、心から魅了されるようになる。ダンスへの好きになり方というのは、そういう初恋にも似たステップを踏むものなのだ。

戸田恵梨香よりむしろPerfumeの踊りの方がきつい - ハックルベリーに会いに行く

これはダンスでなくてもよくある。

例えば、俺はUNIXが大嫌いだった。7bitの日本語文字コードコマンドラインも、行き当たりばったりの設計思想も、とことん拒絶していた。当時、プラグマティズムという思想について学習していたのだが、これもどうしても好きになれなかった。粗野すぎる、と感じていた。蛮人の思想かこれは、くらいに思っていた。

しかしオープンソースの思想が好きで、そこからUNIX哲学へと学習を進めていったとき、一冊の本に出会った。

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

衝撃的な一冊、人生を変える一冊というのは誰にでもあると思うが、俺にとってはこの本がそうだった。

スモール・イズ・ビューティフル、90%の解を目指す、できるだけ早く試作する、等々、コンピュータをうまく扱うための哲学がここにはある。

そしてそれらがUNIX文化を築き上げ、その延長線上にこのインターネットも存在している。

たとえば今日重要な技術となっているEthernet、ご家庭のLANなどは今はすべてこのイーサネットで構築されてる事はよく知られているだろう。これの元になったハワイのALOHAネットワークの話が非常に面白かった*2

なんでも同じ周波数の電波を使って複数の機械が通信するというシステムで、当然同時に通信したら混信してデータが破壊されてしまう。ダメじゃんそれ、と思ったのだが、そう通信量が多くないからそれで充分、運悪く混信したらまたあとで再送すりゃいいじゃん? というシステムなんだそうだ。

今のイーサネットも似たようなもので、混信ではなくパケットのコリジョンというのだが、これが起きた場合は適当にサイコロを振って出た目の数だけ休んでまた送信するという感じの仕組みだ*3

こういうのを読むたびに、なんともUNIXやインターネットの技術というのはいいかげんなものだなあと思ったものである。

そういういい加減さ、とりあえずやっとけ、みたいな乱暴さはまったく好きになれなかった。プラグマティズムが好きになれなかったのもそのへん。乱暴すぎるだろ、と当時の俺は思っていたのだ。

しかし本書を読んでいるうちに、プラグマティズム的な考え方がバックエンドにあるように感じられた。いやたぶん実際あるのだと思うが、俺は浅学もいいところなので断言しにくい。

ともあれそうして俺はあれほど嫌っていたUNIXプラグマティズム的な考え方にハマっていった。乱暴でもいいじゃないか。とにかくまずは作ってみるんだ。考えるのはやってみた後でいい。

実際そうすることで、俺はUNIXを取り扱う技術をどんどん吸収していけた。そして吸収すればするほど、UNIX環境というのは便利になっていく。「努力は報われる」なんて言葉はウソだと思っていたが、UNIXの上でならそれはホントのことだった。がんばった分だけ、便利になって自分に帰ってきた。ローカルにキャッシュDNSを立てればウェブの反応もよくなるし、SMTPを立てておけばメール送信の体感速度が劇的に上がる。いくつものシェルスクリプトは今でも手放せない俺の道具だ。

拒否反応を示す程に強烈なものには、うっかりするとハマりがちなわけだ。

そういえばブログなんかもそうだった。ブログが出てきたころ、「ブログ」なんて言葉恥ずかしくて口にできないなんていう空気もあった。「ブログにトラックバックしてエントリをアップしました」とか今でも恥ずかしくて言えやしない。

しかし今では何百ものブログを読み漁り、俺もトラックバックとやらを送ったりもらったりするようになった。なんとも尻の落ち着きの悪い気恥ずかしさは残るものの、結局はドハマりしてるわけだ。

自分が拒否反応を示したものには、注意しよう。「いやよいやよ」は「好き」の入り口なのだ。

*1:というか絵と音のマッチングが好きなのかも。MADやAMVも好きだし

*2:UNIXという考え方」で読んだ記憶があったのだが、今ぱらぱらと読み返しても見付からなかった。別のところで見たのだろうか

*3:イメージを伝えるために相当簡略化してるので実際のところは専門書にあたるように

Sugano `Koshian' Yoshihisa(E) <koshian@foxking.org>